「嫌な世の中だな」と思いつつ、パンチ君に癒される今日この頃

Googleトレンドというのが、ブラウザにあるので、何気にクリックしたら、今、日本で、一番トレンドになってるのが「警察」だった。


今の日本で一番トレンドになってる、検索トップの「ワード」が『警察』。

で、警察のなにが?

と、なにかあったのかと検索してみると、どれもこれも嫌な記事ばかり。

インターネットは、「嫌な記事」「残酷な記事」「不幸な記事」ばかりが氾濫している。

人を叩き、人をあざ笑い、人を陥れ、人を欺き、人を死ぬまで追い込む。

それは、個人だけじゃなく、ネットもマスコミもそう。

結局、人間がそれを望むんだろうな。


でも、そんな中で、出てきたポジティブなワード

「#がんばれ、パンチくん」のハッシュタグ。


私も、大好きで、毎日、時間を忘れて動画を見ているパンチ君。

市川動植物園のパンチ君。

「パンチ」というワードはどうだ?と検索したら、

パンチ君関連も、市川動植物園関連も、のきなみ、人気は20~30%マイナスになっている。これから、少しずつ下がっていくんだろう。

そして、逆に、「パンチくん、なぜ人気」というようなものがトレンドになっていた。

いつでも、人気がわーっとあがると、「なぜ?」「騒ぎすぎじゃない?」「別に興味ない」とか、逆張りがでてくるものだけど。




パンチくんは、閉園の放送が入ると、見学者に手を振るようになった。

きっと、「パンチ君、ばいば~い♪」と手を振る人間をみて、真似たんだろう。

個人的には、大きくなっても手を振ってくれるパンチ君であってほしいけど、だんだん、「動物園で一生を終える猿」として、そういう反応は消えていくのだろうと思う。






少し寂しい。

しかし、残念ながらブームは、いずれ去っていくもの。

パンチくんブームが去った頃、観に行きたいと思ってる。

車で行けるかな。

今日は、市川動植物園までの行き方を、調べてた。

パンチくんがマイブームになってる人たちは、たぶん、自分の子か孫でもみるように、

どこかそういう錯覚の愛情が重なっているように思う。

みんな、パンチくんに癒されてる、平和な光景、あったかい時間に

無自覚なまま飢え始めている、それが今の世界中の人の心なんだろうなと感じる。


「パンチくんがサル山のボスになればいいのに」

「パンチくんがボスザルになる頃までは、確実に生きていない私」

「パンチくん2世が生まれるのは、見ることができるだろうか」

「さる山の猿として、他の猿と見分けがつかなくなる日がくるんだろう」

と、まさに、子か孫をみるような気持ちで見ている。

多分、私だけじゃないと思う。


※ただ、覚えておきたいことは、パンチくんはまだ幸せなほうだということ。

もっと悲しい生い立ちの子、ここまで生きられない、残酷な死に方をしているニホンザルの赤ちゃん、ひとりで過酷な自然の中で生きている子ザルが、飢えと渇きで一人ぼっちで自然の中で泣いている子が、今もどこかにいるということ。みんな殺処分らしい。





動物園のサル山の猿も、幼い頃は無垢だから、大人猿たちを見て真似る。

パンチ君は、人間に育てられたから、色々な感性が身についていて、大人猿たちの空気を読むような反応も観られる。知恵を使ってる。

サル山の大人の猿たちは、毛づくろいをしあったり、

中には、ただ壁を見つめてるだけの猿もいる。

ボーっと座ってるだけの猿。

時間がくれば、食べ物がやってくる。

多分、その時間だけが楽しみなんだろうと思う。

森の中にいると、危険もあるし、さまざまな発見や刺激もあるだろう。

動物園の猿たちだって、知恵をつけようとすれば、

猿回しの猿のように、本来、とても賢いだろう。


しかし、知恵をつかったり、頭が良くなるような刺激がある暮らしじゃない。しいて言えば喧嘩で勝つことくらいしか悩みはないかもしれない。

知恵をつける必要がないのでは?

暇さえあれば毛づくろいをし、飼育員さんが出てくる時間が近づくと、

声をあげて、

「ごはんの時間だよ~♪はやくでてきて~♪」

と言わんばかりにみんなで大合唱。



あれは、近未来の、いや、すでに始まっている人間社会の構図なんじゃないか?

そんなことも、ふと感じつつ・・・

やっぱり、パンチくん、かわいい



#がんばれパンチくん

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