「寂しい、寂しい」と言った80代のおばあちゃんと、コンビニまでの約束
同じ集合住宅の下の階に住む80代後半のおばあちゃんを訪ねた。
このおばあちゃんとは、以前、福祉タクシーで買い物から帰ってきた時に、たまたま帰宅した私とあいさつして「お久しぶりにお顔見ますね」って軽く挨拶するだけのつもりが、スーパーの袋が8個もあるのに、福祉タクシーは、ドアの前に全部並べて帰ってしまった。いわゆるそこから先は「業務範囲外」なんだろう。
でも、3段の段差があり、重いドアを片手で抑えて運ぶのは大変だろうと、「これ、家にいれるんだよね?いっぱいあるから入れてあげるね」と玄関の中に運んだら、「あがってここに運んでもらえるかな」と申し訳なさそうに頼んできたので、冷蔵庫の前まで、全部、運んであげたことがある。
その時、「電話番号教えるから、いつでもかけてきて、ひとりだと寂しいのよ」といったおばあちゃん。「本当に電話番号だけ広告紙の裏に書いてポストにいれてきた?」と思い、インターフォンは聞こえないというから、ドアをノックして声をかけたら出てきた。やはり、おばあちゃんの電話番号だった。
おばあちゃんの部屋はきれいに整えられた昭和だった。
部屋は昭和の応接間そのもの。上品で片付いていて、きちんと暮らしてきた人だとわかる。ただ、台所には年齢を感じさせる油汚れやかび臭さもあった。昔はもっと丁寧に掃除していたのだろう。
1時間ほど話した中で印象に残ったのは、「寂しい、寂しい」という言葉だった。
一人暮らしで外出も不安。テレビを見ても不安をあおるニュースや、自分とは遠い世界の話ばかりで気が滅入るという。最近はYouTubeを見始めたそうなので、興味のあるチャンネルを登録し、見たくない動画を減らす方法を教えた。
「世の中がおかしいのか、自分がおかしいのかわからなくなる時がある」と言うので、
「世の中もおかしいですよ、でも、それを考えられるうちは大丈夫ですよ」と伝えた。
嬉しそうに無邪気な笑顔をみせてくれた。「そうかしら!」と。
コンビニのレジが不安なおばあちゃん
すると今度は、携帯電話の支払いが不安で止まりそうだという話になった。
コンビニ払いの紙は届いているが、レジでの支払いが怖いらしい。「一緒に行ってくれる?」と言われたので、明日付き添うことにした。歩いて1〜2分の距離なのに、それでも不安なのだ。
些細な事が積もりやすい高齢者、それがストレスを抱えるんだな
高齢になると、困っているのは大きな問題ではなく、支払いの仕方や買い物、話し相手の不在だったりする。福祉サービスもあるけれど、費用や心理的なハードルで利用できない人も少なくない。
いつか自分もそうなるのかもしれないと思った。だから、できる範囲で手を貸そうと思う。たまに話を聞くことや、コンビニまで付き添うことくらいなら難しくない。
人は案外、そんな小さなつながりに救われるのだと思う。
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