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私は、人生に後悔したことなんて一度もない

 

「私は人生に後悔なんてないわ」


「これまで一度も、選択を間違えたと思ったことがない」






たまに、そんな前向きな言葉を聞く。



友人にも、勝気な性格で


バリバリ動いている女性がいるが、


やはり、そのように言っていたことがある。



決して、順風満帆な人生とは思えない彼女だけど……。


 

素直にすごいなと思う。


そう言い切れる人生って、きっと幸せだ。




でも実際はどうだろう。


 

ある統計によると、人生振り返ると、


「これが分かれ道だったかもしれない」


「もっと別の生き方もあったのかもしれない」



そんなふうに、自分の人生を振り返って考える人が多くなるという。




□■



若いころの後悔には、熱や勢いがあった。


仕事の判断、人付き合い、言わなくてよかった一言。


細かく思い返すと、胸の奥に小さく刺さるような感情が蘇る。


 


けれど五十歳を越えたくらいから……

その痛みの質が変わってきた。



反省ももちろんあるけど、反面、あの時の自分を、「よく頑張ったじゃない」と受け止める気持ちも、時折、感じることができるようになった。


後悔したことが完全に消えることはないけれど、角が丸くなる瞬間は確かにある。


あの失敗があったから、今の判断の慎重さがある。


あの別れがあったから、今は、もう少し人に優しくできる。


 


『過去の選択が、現在の自分をつくる材料になっている』


私が、そんなことに気づき始めたのは、ちょっと遅かった。



しかし、個人差はあるものの、そういう気づきは、

年齢を重ねたとき、誰でもふと感じることがあるのかもしれない。



後悔の性質が“重し”から“学び”へと変わっていく。



そして、後悔の有無は、その結果に対してよりも「その時の自分が、どれだけ納得して選んだか」に近いかもしれない。


誰かに流されたままの選択ほど、後から大きな後悔になる。




歳を重ねて得た結論めいたもの



後悔のある人生は「失敗した人生」ではなく、


むしろ「ちゃんと生きた証」だとも言える。



何も感じず、何も悔やまない人生のほうが、むしろ味気ないのかもしれない。



『後悔のない人生』とは、


おそらく“理想の概念”であって、実在はしないのかもしれない。




これは気休めでも自己弁護でもなく、


おそらく、人生とはそういうものなのだろうと思うようになった。



そして、そう結論づけたからといって、


人間はそこで終わるも終わらないも、また、選択できるのだ。


ほとんどの場合……。






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