はりきった捨て活を通して見えてきた、足腰の衰え
中途半端な終活を継続中
終活という言葉をはじめて聞いたとき、正直、少し怖い響きがありました。
でも、こうして少しずつ向き合っていく中で気づきました。
終活って、“人生を閉じる準備”というより、
“これからの人生を軽やかにするための整理”なのだと。
モノを減らすのは、気持ちもすっきりする。
この3年(かなりゆっくり)で、
家の中のものを毎日1捨てで減らしていきました。
何年も着ていない服、
使っていないキッチン用品、
誰かにもらったけど使い道のなかった雑貨。
“もったいない”より、
“これからの自分に本当に必要なもの?”
と問いながら。
1捨てする度、不思議と心もすっきりします。
しかし、もう、あまり張り切らず「できる終活」を「継続する」ことが大事
50代までは、やるとなったら
部屋の模様替えでも1日中、
徹底的にやって完璧に終わらせるという集中型でしたが、
63くらいから急激に、体力が衰えた実感がしています。
それでも、「やると決めたんだから今日はやるんだ!}と、
完璧にしようと思うこともしばしばでした。
しかし、体がついていかないんです。
結局、中途半端な状態で、手が止まってしまうこともありました。
最近は、すっかり「一気にやる」ってことはあきらめました。
今でも「あきらめることへのジレンマ」あります。
これは年齢的体力の低下が原因だと思うと、溜息がでることもありますが……。
最近やっと少しずつ、受け入れ始めてる自分を感じます。
できるときに、できることを、できるだけ。
それが、今の私の終活スタイルです。
だって
「それでも、今日やるって決めたんだからやるんだ」
と、若い頃と同じつもりで、気合でやれると思って、
動き出すのはやめたほうがいいと思える【事件】が勃発したんです。
ベッドの上に立っていて、ヨロっと顔面から床に派手に落ちた
最近は、ひざも弱くなっているせいか、
変なところでよろけてしりもちついたりするんです。
足元のバランスを崩したときでも、
瞬時にバランスを戻すという、ふつうの行為が
時々できなくなることが増えました。
先日、ベッドの上に立って、
壁の上の方を拭いていたのですが、
ベッドのクッションは安定しないので、
ふらついたと思った瞬間、派手にベッドの下に倒れました。
しかも、顔から落ちたって感じで、
首が背中側にがっつりと90度まがっちゃったんじゃないかと、
一瞬、首が折れたか?💦と思ったほどでした。
そして、顔面から1~2センチもないようなところには
レンガが2個置いてあったんです。
下手したら、顔面に刺さるか、
頭を派手にぶつけていたかもしれません。
どんな格好に首が曲がったんだ?!
と、
今でも理解できないくらいですが、
不思議とむち打ちにもなってなくてよかったです。
首が折れたと思うくらい曲がりました。
本当に、恐ろしい曲がり方したんですけどね。
下手すりゃ、死んでたわ、これ……と、
ぞっとしました。
先日の、80代のおばあちゃんの話じゃないけど、
もう、私自身、60代でこれじゃあ、
おばちゃんを心配しているどころではない情けなさです。
.png)
.png)


コメント
コメントを投稿