【シニアブログ】ひとり時間は孤独じゃない—おだやかな心
「ひとりの時間」と「孤独」
「ひとりの時間が長い」
「いつも、ひとりで……」
こういう話を聞くと、イメージ的には、
「孤独で寂しい人」を連想してしまいがちですね。
でも、同じように思えるこのふたつは、
実はまったく違う場合もありますよね。
ネットでは80代でも、「ひとりの時間が好き」
そういうシニアの方の動画も、わりとたくさんあります。
でも、先日のうちの近所のおばあちゃんのように、「寂しい、寂しい」という人もいます。
体調や、まわりにつながれる人がいない場合、性格、生きてきた道によっても違うんでしょうけどね。
とらえかたによって、ずいぶん変わると思っています。
「孤独」
誰かとつながりたいのに、それが叶わないときに感じる“心の空白”。心の中が、力のない空虚な虚しさに占領するような感覚。
「ひとりの時間」
自分自身と向き合い、心を休めたり、内面を整えたりするための“大切な時間”。
現代は、シニア層、かなりの高齢の方でも、一人暮らしが珍しくありません。
しかし、年齢を重ねた世代がひとり暮らしだと、寂しそう・孤独なんだろうと決めつけられがちです。
年齢を重ねるごとに、それぞれの経験値が増えていきますから、その中で自然と宿っていった価値観や、居心地の良さとは、どういうスチュエーションなのかが解っていきます。
年齢を重ねた分だけ、人それぞれ、様々なパターンがありますからね。
本当の意味で、自分を大切にするには、
誰とも話さない時間、静かに過ごす時間が必要なときもあるような気がします。
特に、現代社会は、世界のニュースを観ても、
日本国内の状況を観ても、トゲトゲしく、嘆きと失墜、暴力と犯罪、欺瞞…。
少し、ヒステリックな抑揚で伝えるメディアたち。
私たちは、知らず知らずに流されていることがあります。
十分な情報を精査し、「社会の今を知ること」は大切ですが、そんなギスギスした時代だからこそ、時々、心のデトックスが必要なのではないでしょうか。
特に、終活のタイミングで「これからの人生」を考えるなら、
一度立ち止まって、自分自身の気持ちや、これまでの歩みや、これからの願い、そして、自分が最も心安らぐことをする時間が必要だと思っています。
それは、誰かと一緒にいては難しい「心の洗濯」です。
静かな音楽や、自然の音だけが流れる中に身を置くと、
不思議と『心癒す思い出』や、『懐かしいエピソード』を思い出したりしますよね。
さらに、そこから、どんどん浮かんでくる、とっくに忘れていたこと。
「私、あれがしたかったなぁ」
「実は、あれが好きだった」
そんな、長年、心の奥にしまっていた“本音”が顔を出すことがあります。
人は、周囲の期待や役割に応えようとしているうちに、
自分の本当の気持ちを見失いがちです。
ひとりの時間を“孤独”と感じるのではなく、“ゆっくりと、心のお洗濯をする時間”として、最近、私は、手帳に、こう書いています。
ハレの日
ゆっくり好きなことだけして過ごす日は「ハレの日」と、書いています。
ちょっと、大袈裟な表現ではあるけれど、日本古来の呼び方、ポジティブな感じがして好きです。
ハレの日と書かれた日は、少し、美味しいものを食べるようにしたり、近隣の街へ買い物に行く日なども、「ハレの日」と記入しています。(ささやかな気持ちの問題)
とはいえ……、
寂しさを感じることが悪いわけではありませんよ。
人間なら、多少は誰でもあるはずだもの___。
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| 一か月ぶりに声ログ更新しました。6/26 |
先日の、近所のおばあちゃんのように、遮断された暮らしはよくありません。
人と会話したくなったときは、少し外へ出てみたり、誰かとお茶をしたり、ネットをのぞける環境があるなら、好きな動画にコメントしてみたり、SNSで会話してみたり……。簡単な動画をアップしてみたり…それだけでも、違いますよね。
今は、高齢者用のSNSもあって、かなり大勢参加されてますよね。私もアカウントあるんですが、アカウント作っただけで放置しています。
“ひとり時間”を楽しむことと、“孤立”することは違います。
大切なのは、
「自分が選んだ、ひとりの時間かどうか」
ということのでしょうね。





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